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2011年3月

2011年3月30日 (水)

世界は一つ

 東北地震太平洋沖地震から二週間が過ぎました。

やっとブログを書くことができています。

日本の地震について、ここカンボジアでも連日報道されています。

映像を見るたびに胸が痛み、何もできない自分にもどかしさを感じました。

日本がこんなに大変なときに、私がカンボジアにいる意味・・・・ 

それを教えてくれたのはカンボジア人でした。

 

 「家族や親戚、友達は大丈夫?」

 「日本のこと、日本人のことが心配です。」

 「日本は、きっとすぐに復興できるよ。」

 大家さん、学校の先生、学生、友達、近所のお姉さん、市場のおばさん、コーヒー屋のおじさん、たまたまバスの隣に乗った人・・・・

私の周りにいるカンボジア人すべての人が、日本のことを心配してくれて電話をしてくれたり、声をかけてくれたりしてくれました。

活動先の教頭先生は、涙を流して心配してくれました。

カンボジアも日本に寄付をしてくれたことに

「オークンチュラン=ありがとう」と伝えると、

「少ないお金でごめんなさい。日本はそれ以上に、カンボジアを支援してくれているから当たり前のことだよ。」と。

二週間たった今も、カンボジア人からの温かい励ましの言葉は絶えません。

  私が今カンボジアにいる意味。

  そう、今カンボジアにいたからこそ、こんな温かい言葉を聞けました。

  そう、今カンボジアにいたからこそ、カンボジア人の温かい心を感じることができました。

世界は一つ。

世界中の人が、行ったこともない日本のことを心配し、自分のことのように涙を流し、日本のことを応援しています。

亡くなられたかのご冥福を祈るとともに、日本の復興を祈ります。

2011年3月 7日 (月)

2月 母がカンボジアへやって来る!

久しぶりの更新です。

そして今突然、雨が降り出しました!

(ちゃんとした)ブログの更新は、一ヶ月ぶりですが・・・

雨は、4ヶ月ぶり!!久しぶりの豪雨です。

そう、カンボジアは11月~5月が乾季といわれます。

11月から、「乾季」 その名のとおり、まったく雨が降りませんでした。

雨季の頃に青々していた木々も、乾季は元気がありませんでしたが、

今日の雨で、木々たちは喜んでいるでしょうね。

私も、久しぶりの雨にわくわくしてしまいます。

2月の後半から、夜の暑さが戻ってきて寝苦しい日が続いていましたが、

今日は、雨のお陰で風が吹いているので、涼しく眠れそうです。

さて、2月のことを更新します。

まずは、ビックイベント 「母がカンボジアへやってくる!」 です。

2月13日~17日 母と母の友達がカンボジアへ来てくれました。

まずは、シェムリアップ

 世界遺産「アンコールワット」をみてきました。

Photo

迫力ある遺跡ですが、一つ一つ細部まで丁寧に造られた遺跡に、昔の人の偉大さを感じました。

それから、シェムリアップ ~ 私の住む クラチェへ

母と母の友達にとっては、7時間の車での道のりは長かったことでしょう。

それでも、いやな顔一つせずクラチェまでの道のりを楽しんでくれたようです。

クラチェでは、

 バイク二人乗りをして、中州を散策したり、夕日を見たり

Photo_2

 河イルカを見にいったり(友達がバイクで連れて行ってくれました。ペリー オークン)

(今回、イルカの写真は撮れなかったから、以前友達が撮った写真です。難しいんですよ。)

Photo_3

Photo_4

Photo_5

 クラチェの町をぶらぶらしたり

Photo_7

私の活動している学校に行ったり

(カンボジアのフルーツを用意してくれ、先生たちみんなで歓迎してくれました。オークン)

大家さんと一緒にご飯を食べたり

(日本人でも食べれそうな食べ物を考えて、作ってくれました。オークン)

カンボジア人の友達に会ってもらったり

(わざわざ母に会いに来てくれました。クンティ オークン)

クラチェでののんびりした生活を味わってもらえたんじゃないかな。

そして何より、わたしの大好きな人たちに会って、母は安心したんじゃないかな。

    「お母さん、私は、頼りになる先輩隊員、優しいカンボジア人に囲まれて楽しく暮らしていますよ。お父さんにそう、伝えてくださいね。」

そして、最後はプノンペンへ。

 プノンペンでは、トゥール・スレン博物館に行きました。

Photo_6

 ここは、ポル・ポト政権下で捕らえられた人が収容された刑務所です。

約2万人が収容され、そのうち生還できたのはわずか7人だそうです。

収容されていた方の写真、狭い独房、拷問の部屋・・・・

一つ一つ見るたびに胸が締め付けられ、涙が溢れてきました。

母が言っていました。「自分が生きていた時代だけど、こんなにも酷いことが行われていたなんて知らなかった。」と・・・

日本から近くのカンボジア。

たくさんの人にカンボジアには一度は来てもらい、この事実を知って、感じてもらいたいです。

      母とは久しぶりの再会。

      でも、お互いに「久しぶりって感じがしないよね。」って口をそろえて言いました。

      お母さん、おばちゃん、カンボジアに来てくれて オークン チュラン

      カンボジアのこと、日本で伝えてくださいね。

      私は、明日も元気にカンボジアで過ごします。

 

2011年3月 4日 (金)

番宣です。

あっという間に3月ですね。

2月は、いろいろと忙しくしていてブログを一回も更新できませんでした・・・。

私は、元気です。

ネットを見てたら、日本のテレビでカンボジアのことを取り上げる番組があるようなので、

お知らせします。

       3月6日放送予定

       NHK 地球ドキュメント MISSION

      「カンボジアで教師を育てる」

時間は分からないので新聞を見てください。

私も見たいな~・・・・。

以上、番宣でした。

 

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