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2011年1月

2011年1月29日 (土)

豚 豚 豚

 

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       美味しそうでしょ?

   「バイ サイッチュルーク」 (=豚肉ご飯)  

      一杯 1500リエル (=37円)

  ご飯の上カリカリに焼いた豚肉がのっかり、にんにくのきいたたれがかかっています。

  この上に、カリカリに焼いた目玉焼きをのせると、さらに美味しさアップ!ですが、これは薄焼き卵です。

 ここ最近のブログは 豚の写真 ばかり・・・  豚キムチ に 豚丼・・・

職場のルックルー(=先生)に、

「まさこ、豚ばかり食べてると 豚 になるよ。」

って言われてもしょうがないですね・・・。

 上の写真は、私の毎日の朝ごはんです。

日本にいた頃、朝ごはんはあまり食べれなかったから、前の日に買ったパンかおにぎりだけでした。

でも、今はこれを食べないと一日が始まりません。

よく飽きませんよね~それが飽きないんですよ。

月曜日~土曜日まで毎日食べても・・・・。

 朝は、7:00~7:30 の間に学校に到着。

その後、職員室の掃除をして、掃除の後に学校の敷地内で朝ごはん。

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毎日、売店のおばちゃんが笑顔で迎えてくれます。

これが、私の日課です。

 どうして、敷地内に売店があるかというと・・・

カンボジアの学校では、子どもたちが学校にお金を持ってきて、朝ごはんやおやつを買って食べます。

小学校では朝礼が、6:45 から始まり、授業が 7:00 に始まります。

朝が早いからか、子どもたちは学校で朝ごはんを食べるようです。養成校の学生も。

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学校の売店なので 37円と激安ですが、食堂だと 3000リエルくらい です。

とはいっても、75円!!

カンボジアにお越しの際は、

「朝ごはんは、バイ サイチュルークで!!」

2011年1月27日 (木)

そうだ そうだ そうだった。

 久しぶりに大家さんと一緒にご飯を食べました。

「まさこも何か作ってきて。」

とリクエストがあったので、

今日作る予定だった 「豚丼」(牛丼の豚バージョン) を作って持っていきました。

カンボジア人に日本料理を食べてもらう時、なんとも言えない ドキドキ感 があります。

私の料理 = 日本料理 って思われるから、責任重大です。

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         じゃん!

手前にあるのが 「豚丼」 です。

息子二人が、「チュガ二 (= 美味しい)」 と言ってパクパク食べてくれましたよ。

好き嫌いが多い末っ子のヘローに 「チュガ二」 と言わせられて満足です。

   ~今日の学校でのこと~

9:00~10:00  音楽 1年生

学生は、今日初めて鍵盤ハーモニカをさわりました。

鍵盤ハーモニカは、一クラス分しかないので、2クラス交互で使用しています。

授業の後にソパネットが

「ピアニカを家に持って帰って、洗ってきなさい。」

と言うと、拍手が聞こえました。

家に持って帰れることがうれしかったようです。

    私 にっこり。

そして、こんなことも。

2年生のクラスに遊びに行くと、

「ネァクルー(=先生)、この曲をリコーダーで吹きたいから、ドレミを書いてくれますか?」

    私 にっこり。

                    そうだ そうだ そうだった。

                    今、目の前にいる学生のために

                    私はいるんだ。

                    まずは目の前の学生たちのために

                    私にできることを、一つ一つ 大切に。

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                       ~職員室からの眺め~

                  メコン川の水がずいぶん減りました。

                  水の色も変わりました。

                  メコン川 私に元気をくれることだけは、変わっていません。

    

  

2011年1月26日 (水)

前を向いて・・・~音楽~

昨日の結婚式は、0時には終了したようです。

常識はあるようです。(日本では非常識ですかね?)

今日は、1年B組の初体育!

とはりきっていましたが・・・・

   「まさこ。今日の音楽手伝って。」

と音楽のカウンターパート ソパネット から声がかかりまた。

(そう、以前のカウンターパートだった ソクナン先生は、10月から 教育局 へ移動になったので、 図工の先生が音楽も担当することになりました。)

 12月から時間割が変わり、体育 と 音楽 の時間が同じ時間なんです。

    「今日は、体育を教えるから音楽に行けないからね。」

って伝えてたのに・・・。

でも、必要とされるって嬉しいことですよね。

    「今日は、音符とピアニカを教えることにしたから、この掲示物がほしんだけど・・・。」

授業開始1時間前のお願いでしたが、急いで作り上げました。

カンボジア人って、その時間その日を一生懸命生きているんだけど、先の見通しがないんだよね。

まあ、慣れちゃいましたけど。

そんなこんなで、今日は音楽の授業へ。

初めてピアニカを手にする学生たちは、「ストップ」 の合図も聞かずに、「ピーピープープー」 小学生と同じですね。そんな学生を見ていると、嬉しくなりました。

     

     今、私がやっている活動に対して「迷い」があります。

     「何のため?」

     「誰のため?」

     「カンボジアに情操教育は必要?」

     そして、「私は必要?」

     特に音楽。

     養成校で、リコーダー と ピアニカ を教えています。

     日本のNGO団体からの寄付で、各州の養成校に リコーダー と ピアニカ が

     配布されています。

     でも、全ての小学校に、リコーダー や ピアニカ があるわけではありません。

     クラチェの小学校には、全くありません。

     そう、今教えている学生が先生になっても、楽器はありません。

     今、私がやっている活動に意味はあるのか?

     どんな意味があるのか?

     学生のためになっているのか?

     毎日、自問自答の繰り返しです。

今日の学生の姿が私の背中を ポンッ と押してくれました。

残り1年2ヶ月。

前を向いて・・・・。

     

          

     

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2011年1月24日 (月)

久しぶりの体育

今日も外から楽しそうな歌声が聞こえてきます。

そう乾季恒例の結婚式です。

今日の結婚式は私の家の前の道路でやっているから、爆音で地響きがします。

さて、何時に終わるのかな?

今日は久しぶりに体育の授業をしました。

もう一人の体育のカウンターパート ソムナンが、友達の結婚式のため他州にいっているから、今日の体育と明日の体育を任せられたからです。

先週のこと。

昨日のブログで書いたように、ソムナンは自分の結婚式に行っていました。

帰ってきた後も、体育の時間には姿を見せず・・・。

でも、先週やっと重い腰をあげたようで、体育の時間にやってきました。

ソムンナ  「まさこ、授業するよ!手伝って!」

      ソムナンのやる気に感動!

      し・か・し・・・・・

      学生が姿を現しません。

二人  「???」

ソムナン 「よし、寮に学生を呼びに行くよ。」

      ソムナンあきらめません。素晴らしい!!

      すると・・・・

学生 「体育の前の授業の先生が来なかったから、みんな帰っちゃいました。」

二人  苦笑い・・

12月に入学した一年生。入学して一回も体育がなかったから、

「いつものように体育はないよね。」って勝手に判断して帰ったんだろうね。

  (日本ではありえませんが。)

まあ、ソムナン!ドンマイ!ドンマイ!

その後。

ソムナン 「来週授業をしたいんだけど、友達の結婚式に行くんだ。どうしよう・・・。

       まさこ、授業やってくれる?」

私  「もちろん。O.K!」

ってことで、今日の授業でした。

    単元 「リズム運動」 ~1年生~

    この単元の中に「体つくりの運動」もミックスされてるので。 

    ①クメール体操

    ②二人組みで背中合わせで立ち上がる

    ③二人組みで両手を使ってトンネルを作り、その中をくぐりぬけて競争

ごめんなさい。写真はありません。

下手なクメール語ですが、みんな真剣に聞いてくれました。オークン。

私のクメール語の説明をさらにクメール語で通訳してくれました。オークン。

学生に支えられて授業ができます。

私が伝えられることは

        「体育って楽しい!!」ってこと!!

さあ、また明日もがんばろう!

 体育の写真がなかったから   ~今日の晩御飯~

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         『豚キムチ丼』

授業の後のご飯は格別でした。

体育のカウンターパート コムスレン先生

体育の話。

10月~11月

体育の先生が不在ということで、一人で授業をしていました。

12月半ば

1年生入学のため時間割が変更になり、体育の先生が決まりました!

1年生 ソムナン先生  2年生 コムスレン先生

やっと、一緒に授業ができるぞ!と楽しみにしていたのですが・・・・

なかなか授業がありません・・・。

ソムナンは、1月1日の自分の結婚式のため奥さんの田舎へ帰っていました。

(カンボジアでは、お嫁さんの実家で結婚式があり、基本的に婿入りです。)

コムスレンはというと・・・体育に対して引き腰なんです。

理由は、

・自分は体育の専門ではない。

・体育の他にもたくさんの教科を教えているから忙しい。

2つとも事実です。話を聞きながら共感もしました。それは、大変だよね。

でも、だからって授業をしないことは許されるんですか?って思うけど、本人には言えません。

なぜかって。彼は、私に機関銃のように話しかけてくるので、彼の言っていることが聞き取れません。だから彼と会話をすることがおっくなんです。そして、彼は私よりも年上のおじさん先生。まだ信頼関係は築けていません。

やっぱり語学の壁は厚い?

いや、壁をつくっているのは私。

自分が変われば相手も変わる。

わかっているけど、話す勇気が出ない。

そんなこんなで落ち込んでいましたが、今週の体育の時間。

コムスレンがバレーボールを持って職員室を出て行くじゃないですか!!

もちろん、私に声はかかりませんでしたが、私はすぐに後をついていきました。

すると!

バレーを始めたじゃないですか!!

今までの落ち込んでいた気持ちが一気に吹き飛びました。

ただ、生徒にバレーをさせていただけで授業にはなってませんでしたが、それでもいいんです。

彼が、体育の授業をしようとしたことが嬉しかったんです!一歩前進。

授業のあと、「サバーィナッ!(とても楽しかったよ!)」を連呼しました。

その次の日、思い切って自分から話しかけてみました。

そうしたら、彼のこと少し知れました。

  「自分が変われば、相手も変わる」

2011年1月20日 (木)

図工の授業

今日は、一年生の音楽の授業がある日。(私の授業ではなく、カウンターパートの)

そう、12月に新一年生が入学してきました。

二学年が学校にいると、学校が賑やかです。

9時に教室に行くと、「あれっ?」・・・ソパネットが図工の授業をしていました。

何やら、研修に行っている先生の変わりに8時から図工をしていたらしく、その授業が延びたそうです。

いつものように 「模写の授業」 でした。

カンボジアの図工教育は、お手本を見てそれと同じ絵を描く「模写」が基本的な図工の授業スタイルです。

なので、養成校でも図工の授業は模写ばかりです。

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↑こんな感じで。

生徒は、模写がとても上手。きっと、先生になったら模写の仕方は上手に教えられると思いますよ。

幼稚園配属の先輩がこんなことを言ってました。

「子どもたちが牛の絵を描く活動があったんだけど、お手本の牛と同じじゃないと先生は、『良くない。』と言うんだよ。」

カンボジアでは、お手本と同じものを描いた絵が 「良い絵」 だといわれます。

この方法。私のように想像した絵を描くのが苦手な子にとっては、絵を描く手助けとなり良い方法だなと思います。模写力もつきますし。

でも、小学校で 絵 = 模写 ばかりだと、せっかく伸びる子どもの感性の芽を摘んでしまってるんじゃないかな?って思うんです。

  教育の方法は色々あっていいと思っています。

  どんな方法が正しくてどんな方法が間違ってるかなんて一概には言えません。

  でも、せっかくだから日本の教育方法の良い所を伝えることができたらなって思っています。

焦らずじっくりと・・・。

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カメラを持っていると、「撮って~。」と自信満々に絵を見せてくれました。

彼が持っている紙。裏紙です。(透けてみえるかな?)

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最後はグループごとに記念撮影。

「野菜グループ」です。

色は、生徒が自分で考えて塗っていました。みんな上手でしょ。

2011年1月18日 (火)

キムチ作り with KOICA

みなさん KOICA ってご存知ですか?

     JICA と KOICA

 JICA の J は、JAPN

では、KOICA の K は・・・・?  そう、日本のお隣の国  「韓国」  です。

韓国にもJICAと同じボランティア事業を行う機関があります。

このKOICAのメンバーがクラチェにも二人住んでいます。

日曜日、JICAメンバー と KOICAメンバーでキムチ作りをしました。

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   キムチと言えば・・・私の父の大好きな食べ物です。

   「お父さん。日本に帰ったら本場のキムチを作ってあげるね。」

お昼は、ビビンバもごちそうになりました。

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 さて、最後に問題です。

 日本人と韓国人がカンボジアで話す共通の言語は?

①英語

②クメール語

③日本語

答えは・・・

 英語  と言いたいところですが、②のクメール語です。

日本人と韓国人がクメール語で会話。なんか滑稽ですよね。

だって、お互いクメール語の方がすらすら出てくるんですもん。

2011年1月16日 (日)

料理コンテスト

 21:30   

今日もどこかで結婚式が行われているようです。

本当に乾季は結婚式が多いです。そう、雨が降らないから。

どうして、結婚式が行われてるかわかるって?

カンボジアの結婚式は、路上で行われていて大音量の音楽が流れているから・・・。

いつも0:00近くまで音が聞こえてきます。

家から離れていてもこの大音量。家の隣であってたら眠れないだろうな・・・。

さて、先週のこと。

1月8日(土) 学校で料理のコンテストが行われました。

(直訳すると 「料理の試験」)

各クラス一品作り、養成校の先生、付属小学校の先生が審査をします。

ということで、生徒は朝から準備。

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みんなでわいわい楽しそうです。

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鶏も自分たちでさばきますよ。

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薪だってわりますよ。

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100人以上もいるから、鍋だってこの大きさ。

 夕方からいよいよコンテスト開始。

学校の前が宴会場?に変わり、生徒が作った料理を美味しくいただきました。

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食事の後は、カンボジア恒例のカラオケ(スクリーンも準備されてました。)&ロアム=踊りのスタートです。

もちろん、大音量。

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カンボジアのロアムは、いろいろな種類があります。

曲によって踊りが違っているのですが、カンボジア人は曲を聴いただけで何の踊りか判断して上手に踊ります。

この日、私は3種類のカンボジアロアムができるようになりました。

日本に帰って、披露しますね。

審査結果(1位~4位)も発表されましたが、こうやってみんなで協力して料理をすることに価値がありますよね。

この日も夜遅くまで、大音量がクラチェの町中に響いていたことでしょう。

2011年1月14日 (金)

1月7日 虐殺政権からの解放日

 虐殺政権 = ポル・ポト政権

1979年1月7日 私が生まれるちょっと前、カンボジアは虐殺政権 = ポル・ポト政権

から解放された。

今から32年前のこと。 まだ、32年しかたっていない。

ポルポト政権下では、170万人の国民が、拷問や処刑、強制移住や強制労働などの犠牲にあった。

ポル・ポト政権下では、学校教育も禁止され、多くの教師が処刑されたそうだ。

 

 この歴史を詳しく知ったのは、2年前 初めてカンボジアに来て、「トゥール・スレン博物館」を訪れたのがきっかけでした。

カンボジアにこんなに残酷で悲しい歴史があったなんて衝撃でした。

そして何より、この歴史をきちんと知らなかった自分を恥じました。

私の生まれる少し前にやっと解放されて、私が私の人生を歩んでいくのと同時に

カンボジアは、復興のために一生懸命歩んできたんだと思うと、無知な自分に

悔しさをおぼえました。

それから再び、カンボジアを訪れカンボジアに住むことができています。

2011年の1月7日 各家々の前には国旗が掲げられ、式典が行われました。

私も養成校の生徒たちと一緒に式典に参加してきました。

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養成校の生徒とポル・ポト政権について話してみたいと思っていましたが、できませんでした。

将来、教師になる生徒たち。

生徒たちはこの歴史をどう受け止め、どう感じているのか日本に帰る前に聞いておこう。

 カンボジアでは、15歳以下の若年層が人口全体の約44%を占めています。

これから今の子どもたちが、カンボジア社会を担っていきます。

やっぱり教育は大事です。

カンボジアのために私にできることを一歩ずつやっていきたい・・・。

2011年1月 7日 (金)

カンボジアの教育

1月4日~6日の三日間で、クラチェ州の教育会議に参加してきました。

参加する前は、三日間もただ座ってわからないクメール語を聞いているだけなんて、しんどいなって思っていましたが、参加してみるとたくさんの収穫がありました。

もちろん、私一人の聞き取りだけでは収穫もなかったかもしれませんが、ラッキーなことに1日目は英語の通訳の人の隣に座れたことと、2日目はクメール語を易しいクメール語でゆっくり通訳してくれる人の隣に座れたことで、たくさんのことを知ることができました。

会議に参加して、カンボジア人が自分たちの教育の問題点をきちんと見ていることに驚きました。

「驚く」なんてて失礼ですよね・・・。、

今まで、カンボジアについての教育の問題点はNGOや外からの団体の指摘であって、カンボジア人が自分たちの問題点として認識していないのではないのかなと思っていたんです。

なぜかって・・・カンボジアにはたくさんの援助団体が入っていて、援助慣れしていると聞いていたから。

だから、驚きました。

問題点をどう解決していくかはさておき、こうやって問題点を認識して話し合う姿勢はカンボジアの教育の発展につながっていく気がしました。

小中高の卒業率の低さ

教師不足

教室不足

などの問題点があったのですが、これは全部  村  の学校についてでした。

そう、私の住んでいるクラチェの中心部の問題ではなく、村の学校の問題点でした。

村の学校は遠くにあり、電気もなく市場も近くにないので生活がとても大変です。

なので、先生達が村に行きたがらない。

中心部の学校には先生がたくさんいますが、村の学校では先生が不足・・・。

問題点として、改善しなきゃいけないとは思っているけど、自分のことになるとやっぱり行きたくない・・・。

私のクメール語の家庭教師にも聞いてみましたが、「村に一人で生活していくのは大変だわ。私も行きたくない。」

そうか・・・。

これがカンボジアの教育格差。

これが現実。

会議の3日目

「クラチェの教育の問題点。すべて教育省に伝えます。」と教育局長は言っていました。

子ども達が平等に教育をうけることができることを願います。

今回の会議で知れたこと、点ではなくて線で結んでいきたいです。

2011年1月 6日 (木)

明けまして おめでとうございます  

みなさん。お元気ですか?

福岡も雪が降ったそうで、寒いお正月を過ごしているのでしょうね。

こたつにお雑煮、おせちが恋しいです。

さて私はというと、カンボジアでしか経験できないお正月を過ごしたいと思い、クラチェで過ごしました。

お正月といっても、カンボジアは4月の旧正月があるため、1月1日は、International New Year ということで祝日なだけで、カンボジア人は普段通りの時間を過ごします。

カンボジアでしか経験できないお正月・・・と思っていたら、学校の同僚の先生チャンナーに「お家に遊びにおいで。」と誘われて行ってきました。

チャンナーの家では、お昼をご馳走になったり、テレビを見てごろごろしたり、明石焼きに似た食べ物をみんなで作って食べたり・・・。

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そして結局、「泊まっていったら?」

ってことで、泊まらせてもらうことになり、カンボジアに来て2回目(カンボジアに来て、田舎でのホームステイ体験がありました。)の田舎へ泊まろうを体験できました。

チャンナーのお家で過ごし、久しぶりに家族の温かさを感じました。

そして、やっぱりカンボジアの子どもは働き者だなって感心。

お母さんが何も言わなくても、ご飯を作ったりお皿を洗ったり、朝も早く起きて掃き掃除をしていたり・・・。

家族がみんなで助け合って生きています。

それが当たり前。

この当たり前。変わらないでいてほしいな。

カンボジアでしか味わえないお正月になりました。

オークン チュラン

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